★公開日: 2022年5月24日
★最終更新日: 2022年5月24日

もし、食中毒の専門知識に長けた食品衛生屋のうちの冷蔵庫に保存していた豆乳が、臭いが発して酸っぱくなっていたらどうするのか。
実際に今朝起こったばかりのお話を早速ながら、ここでするとしましょう。

なおこの記事は、前回、そして今回と、二部構成でお話させて頂いています。
(こちら②はその後編となります)

この記事の内容
  • 専門性:低(一般レベル)
  • 対象:特になし
  • この記事から得られること(後編):「腐敗・変敗」について

 

豆乳が変質してしまった原因

(こちらは二部構成の「後編」になりますので、もしこちらから来られた方は、まずは「前編」を最初に読んでください。)

さあ、いよいよ後編です。

前編では基礎的な豆乳の解説を行いました。
そこでわかったこと。それはまず、豆乳、つまり「豆乳類」というのはその規格上、原材料である大豆の使用割合によって、「無調整豆乳」=「豆乳」と、「調整豆乳」というものに分けられる、ということ。

「豆乳類」の区分
  • 豆乳:大豆固形分が8%以上(大豆たん白質含有率3.8%以上)、原材料は大豆のみ
  • 調整豆乳:大豆固形分が6%以上(大豆たん白質含有率3.0%以上)、原材料は大豆及び脱脂加工大豆(全たん白質含有量に占める水溶性たん白質の重量の割合が80%以上のものに限る )、他
  • 豆乳飲料:果汁入りは大豆固形分が2%以上(大豆たん白質含有率0.9%以上)、その他は大豆固形分が4%以上(大豆たん白質含有率1.8%以上)

で、いずれにせよそれらは製造工程において、牛乳よりも高温度の加熱殺菌(’130℃程度)がなされるため、製品パック内は無菌状態となるので常温保存が可能になる、というわけです。

しかし、です。

ここからが後編の話となるのですが、それはあくまで、未開封の場合のこと。
というのも豆乳自体は、本来その質性からも品質劣化がしやすいため、開封後は数日しかもたない、と言われています。
それは、未開封状態では無菌ではあったものの、一旦開封されてしまえば、空気中の微生物の汚染をまぬがれないからです。

というのも、ぼくらの生活空間の空気中には、実はそれこそ目に見えないがおびただしいほどに多くの微生物が浮遊しています。
そしてもし、これらの微生物が食品に付着してしまえば、そこから微生物による食品の分解が始まります。
元来、食べ物が腐る、というのは、そうした微生物たちが食品の栄養を食べて、その食品の成分を違うものに変質してしまう結果に生じる現象なのです。

しかも豆乳はもともと栄養価が高いため、微生物の増殖にもつながりやすくなります。
つまり、一般的な言い方をすれば「腐りやすい」、というわけです。

さて、このぼくの飲もうとしていた豆乳は、開封後3日経過のもの。
勿論、冷蔵保存していました。
にも関わらず、変質してしまった。
これは間違いなく微生物によるものです。

ではこの豆乳は、果たして本当に「腐って」しまったのでしょうか。
さあ、ここからは食品衛生の専門家が、実際に飲もうとしていた豆乳に対してその見解を示していこうではありませんか。

挿画:腐ってる?

まずは官能検査だ

さて、こういう場合、プロの衛生管理屋ならどうするか。
まずは何よりも、検体の観察です。

おっとその前に、製品表示をチェックしておきましょうか。

「豆腐もできます有機豆乳」
  • 名称:有機豆乳
  • 大豆固形分:10%
  • 原材料名:有機大豆(カナダ又はアメリカ)(遺伝子組換えではない)

ポイントだけピックアップしてみました。
名称は、有機豆乳。有機JAS規格を認証しているからですね。
「豆乳」というのは、大豆のみしか使用していない、という意味でしたね。
その場合、大豆固形分8%以上が規格とされています。これは10%だからそこに含まれる、という意味ですね。

さて、まずはこの豆乳を、観察しやすい容器に移します。

撮影画:豆乳

こんなふうにね。
シャーレあればそれがいんですが、まあ異物じゃないし、よしとしようか。

うん、容器から出してやるときに少しただよう、酸っぱそうな匂い。
酸臭が感じられますね。

それから、まず最初にやるべきは「外観観察」。
外観からどんな状況なのか、それを観察します。

上の画像だと少しばかり黄色に変色しているように見えるかもしれませんが、実は別に変色はしていません。

こういう場合、微生物の働きで変質している場合、元の成分が分解され、違うものとなってしまい、変色していることがあります。
豆乳や豆腐の場合、黄色化などの外観変化が見られることがありますが、ここではそれは見られない。
つまりそこまでの変質はされてなさそうだ。

さて。
次は、「官能評価分析」です。
一般的にはこの検査のことを「官能検査(分析型官能検査)」といいますが、人間、というかこの場合は、ぼく自身の五感(視覚・聴覚・味覚・嗅覚・触覚)を駆使して、この検体についての評価を行います。
この官能検査の細かい検査方法を説明していると長くなるので、今回は割愛します。いつか書きます。

ただし一般的な検査機関では、ある一定の社内資格を設けて、それに合格した検査員が検査にあたることが多いのですが、ぼくはそれを有してません。
でもここにはぼくしかいないので、ぼくがやるしかありません。ぼくの五感に頼るしかありません。

ちなみにぼくは黄金聖闘士どころか青銅聖闘士でもないので、セブンセンシズは勿論、第六感すら持ち合わせていません。

車田先生

はい、しょうもないことはここらへんにして、進めます。
そんなわけで、「官能検査」にあたります。

まずは、臭いから。
……うん。
少しばかりうっすらと酸っぱい臭いがするぞ。

では軽く摂食してみよう。
ぺろり。

………うん。
軽めではあるが、酸味が出ているぞ。

つまり、元々の豆乳が酸性に向かっている。
これは、豆乳の成分が微生物によって分解され、なんらかの酸が生成された、という可能性が高い、という意味です。

この豆乳の官能評価分析結果
  • 変色なし
  • 若干の酸臭あり
  • 若干の酸味あり
挿画:研究者

腐敗・変敗とは

さて。
これらの結果から推測するにこれは、豆乳が「変敗」してしまった、というのが正しいでしょう。

もちろん、「腐った」=「腐敗」してしまった、と言っても全く間違ってはいません。
そもそも「腐敗」「変敗」もそこまでくっきりと区別できる現象ではないからです。
しかも多くの場合、「変敗」もまた広く「腐敗」の一部と捉えられることも多いです。

おっと、少し混乱させてしまうといけませんね。
少しまとめていくとしましょう。

食品の「変質」、とくに微生物の働きによるものを、ぼくらは「発酵」あるいは「腐敗・変敗」ととらえます。
しかし微生物はただ単に食品の栄養を食べて分解し、その結果に食品を違うものに変質させているだけで、この違いというのはぼくら人間にとって有用かそうではないか、というだけに過ぎません。

例えば、大豆を納豆菌が変質させれば「発酵」食品である納豆になりますし、雑菌がそこに混ざってしまえば「腐敗」してしまいます。ですがその大豆における細菌の働きは単に大豆のタンパク質を分解し、変質させた意味では全く同じです。

挿画:発酵と腐敗

さて、話を「腐敗・変敗」に戻します。

「腐る」という現象のことを、ぼくらの世界では、「腐敗」(putrefaction)と呼びます。

これは主にタンパク質やアミノ酸(だけには限りませんが)に対し、多くの微生物がその活動によって分解・変質されてしまい、食べられなくなる(可食性を失う)どころか有害性を含んでしまうことを示すものです。

一方で、同様に微生物による食品が分解・変質されることで本来の風味を失うこと、主に脂肪や炭水化物に対してのことを、「変敗」(deterioration)と呼びます。

でも、これらは同時進行的であり、その明確な区別もありません。
そこで、それらをまとめて「腐敗・変敗」(spoilage)と呼んでいます。

ですからここらへんのニュアンスは微妙なのですが、「食べるには適さないけれど、完全に腐敗していない」という、このくらいの変質のことを、ぼくらの世界では「変敗」としばしば呼んで取り上げることが多いのです。

「腐敗・変敗」とは
  • 腐敗:微生物の活動によって食品が分解・変質し、可食性を失うこと、有毒性をもつこと。
    (主に、タンパク質だがそれに限らない/putrefaction)
  • 変敗:微生物の活動によって食品が分解・変質し、風味を損ね、可食に適さなくなること。製品の品質を損ねること。
    (主に、脂肪や炭水化物だがそれに限らない/deterioration)
  • ただし双方の区別が難しい曖昧であるため、一般的には「腐敗・変敗」(spoilage)あるいは単に「腐敗」と括る
挿画:腐敗変敗

乳酸菌によるものか

そんなわけで、正確にいうならこれだって当然「腐敗」も進行しているわけで、「腐った」と言っても全然間違いではありません。
以降は、「腐敗・変敗」と呼ぶようにしましょう。

では、この豆乳はどんな微生物によって「腐敗・変敗」したのでしょうか。
色々と考えられるでしょうが、まず最初の可能性として考えられるのは、「乳酸菌」でしょう。

「乳酸菌」については、前にもがっつりと解説しましたね。

なのでそこまで深く踏み込みません。
詳しくは上の記事を読んでいただければと思います。

そこで今回は簡単な解説しかしませんが、そもそも「乳酸菌」というのは、生物学に正しく定められたものではありません。
自然界に広くたくさんいる細菌に対して、「こういう種のタイプの菌」ってのを大きく括った、わりと乱暴な呼称だったりします。

というのも、「乳酸菌」というのは、広く「乳酸」を生み出す菌のことだからです。
参考までにざざっと、こんなものが代表でもあるのですが、まあ覚えなくても別にいいです。

食品の腐敗変敗を起こす乳酸菌
  • ラクトバシラス属(Lactobacillus
  • エンテロコッカス属 (Enterococcus)
  • ラクトコッカス属(Lactococcus
  • ロイコノストック属(Leuconostoc
  • ペディオコッカス属(Pediococcus

さて、乳酸菌は生きるために、食品内の糖類を食べることで、「乳酸」を生み出します。
これがしばしば、「腐敗変敗」における酸味や酸臭の原因となるのです。

乳酸菌は、そこらへんの空気中にいくらでもいます。
そしてそれらの中には冷蔵庫程度の低温でも発育可能なものだって存在します。

それが開封後、豆乳に混入して、それが増加した。
細菌が増加するためには、食品内の成分を分解することが必要です。
その結果、乳酸が生成され、酸味や酸臭の原因となった。
その可能性は大きいかと思います。

挿画:乳酸菌

まとめ:これを飲んだらどうなるの?

今回は、前編、後編と二部にわたって、ぼくの身に実際に起こった豆乳がいたんでしまったことについて、食品衛生の専門家の立場からどのように対応し、評価したのかについてお話させていただいています。
そしてこちら後編では、ぼくの身に置きた豆乳の「腐敗・変敗」についてお話をさせていただきました。

さて。最後になりますが、一つだけ。
「これを飲んだらぼくはどうなるの?」という疑問にお答えしましょう。
ぼくは食中毒になってしまうのか。

答え。
これ、飲んだらイコール食中毒になるか、と言われたら、おそらく普通になりません。
ていうか今現在、ぼくという実験体はがっつりめっちゃ健康ですし、この後、何の問題もこの60時間現在、ぼくの身には何一つ起こっていませんでした。

どういうことか。
これは別に記事にするつもりなので簡単にしか触れませんが、まず第一に、腐敗・変敗という食品の変質現象において、別に限定される微生物がいるわけではありません。
上で乳酸菌と書いてはいますが、それは実際に検査してみないとわかりませんし、そうではない腐敗細菌だっていくらでもいるわけです。
そして、これらの細菌を摂食しても人間の健康は、およそ損なわれません。それは、これらの細菌に病原性がないからです。

しかしながら、食中毒というのは限られた病原微生物によって食品が汚染されたり毒素を作ることで発生する現象です。
ですから、腐敗・変敗した食品を食べたからイコール食中毒にはなりません。
これ、相当に誤解されている話です。

挿画:間違い

今回、ぼくはもちろん、これを廃棄処分しました。
だって純粋に美味しくないからです。
でも、んじゃこれを飲んだからといって、健康被害が生じたかといったら、それはなかったと思います。
というか、実際に官能検査で少し摂食していますが、その後何にもなっていません。
食中毒菌の中にはO157のようにごく少量で食中毒を起こすものもあるのに、です。

何故か。
まず何よりも、普通に冷蔵保管していた状況での食中毒菌による発育や毒素生成は、そりゃ絶対ないとはいわないけれど可能性としてはかなり低い、ということ。
食中毒菌がなければ食中毒には、なりません。

そりゃ確かに腐敗が進行していた場合、食中毒菌の発育や毒素生成なども考えられなくもないでしょうけど、それはケースバイケース。
少なくとも三日前に開封した豆乳を冷蔵庫にしまって保管して、食中毒にはならないでしょう。

よく「賞味期限を切れて傷んだ牛乳を飲んだら食中毒になるか」などと言われますが、まあそんなことはそれほどまでにないわけです。
おっと別の記事で書こうとしていたことのネタバラシになってしまうので、今日はこの辺にしておきましょう。
それでは次回、またお会いしましょう。

 

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