★公開日: 2022年3月26日
★最終更新日: 2022年3月26日

自然界最強の毒素って何だか知っていますか?
それは食中毒菌の一種である、「ボツリヌス菌」が作りだす毒素、「ボツリヌストキシン」です。
そこで今回は、そんな恐怖の食中毒菌、「ボツリヌス菌」についてお話するとしましょう。

なおこの記事は、今回、そして次回と二部構成…とまではいかないのですが、関連しての連続構成でお話させて頂いています。
(こちらはその前編となります)

改めまして、皆様こんにちは。
食品衛生コンサルタントの高薙です。
ここだけしか聞くことの出来ない神髄中の神髄、
「プロが本気で教える衛生管理」を、毎日皆様にお教えしています。

挿画:ガスマスク

 

東京でボツリヌス食中毒発生

(こちらは二部構成…ではないのですが、一応「前編」の扱いとなっていますので、もし次の「後編」から来られた方は、まずはこちらを最初に読んでください。)

今月初頭の3月1日、東京都で「アユのいずし」によるボツリヌス食中毒が発生したことを、前々回のウィークリーニュースで伝えました。

(2020年3月1日)
2月17日(木曜日)午後0時40分、新宿区内の医療機関から、「2月14日(月曜日)に入院した杉並区在住の患者が、2月16日(水曜日)昼頃から容態が急変し、瞳孔散大、呼吸不全に陥り、人工呼吸器にて管理している。

患者は発酵食品を喫食しているようであり、症状からボツリヌス食中毒を疑う。」旨、新宿区保健所に連絡があった。…(以上引用)
(東京都)

参照画:ボツリヌス菌
日本食品衛生協会

そこでも少し書きましたが、ボツリヌス菌による食中毒というのは、近年ではかなりレアなものとなっています。
今回は「いずし」という、伝統的な(?)日本古来のボツリヌス食中毒(食餌性ボツリヌス症)でした。
昔の日本、とくに特産地である北海道や東北などではこの「いずし」によるボツリヌス食中毒が多かったとも言われていますが、現代ではかなり少なくなっています。

さてこのボツリヌス菌というのは、いわゆる「毒素型」の食中毒菌です。
つまり、カンピロバクターなどのように菌自体が増殖して食中毒を起こすような「感染型」ではなく、菌が産生する毒素を人間が食べることで食中毒になるという「毒素型」だということです。
その毒素こそが「ボツリヌストキシン」です。

そして、なんと。
そのボツリヌス菌の作り出す「ボツリヌストキシン」こそ、本当はめちゃくちゃ恐ろしい地上最強毒素なのです!

挿画:毒

毒の範馬勇次郎「ボツリヌストキシン」とは

ちょっと前に、カビが作る強力な発癌物質「アフラトキシン」についてのお話をさせていただきました。

ですが。
今回の主役である「ボツリヌス菌」が作る毒素、「ボツリヌストキシン」は、恐ろしいことにそれとは格が違います。
地上最強毒。
いうなれば、「毒世界の範馬勇次郎」です。
オーガ、です。

参照画:範馬勇次郎

この「地上最強の毒物」範馬勇次郎ことボツリヌストキシンに比べたら、アフラトキシンはせいぜい、本部以蔵。
ちゅどーん、の本部以蔵レベル、です。

挿画:本部以蔵

いわゆる「猛毒」、と言われているものの中でも、このボツリヌス菌の産生する毒素、「ボツリヌストキシン」は群を抜いているからこその、「毒世界の範馬勇次郎」と呼ぶにふさわしい孤高(?)の存在なのです。

ヨーロッパで見つけられたボツリヌス菌

今から遡ること、百数十年前の1895年、冬。
寒さ厳しく雪深いベルギーの、とあるエルツェルという小さな村で、葬儀が行われました。

比較的裕福な名家における大きな規模の葬儀であったため、死者の弔いのための音楽演奏としてこのとき数十名からなる楽団が呼ばれた、といいます。
そして葬儀の後に参加者が集まっての宴を催すことは、古今東西、変わらずの習わし。
ここでもやはり、地元料理がふんだんに振る舞われることになりました。

挿画:ベルギー

さて。
問題は、この宴のあと。
しばらくすると楽士の中からバタバタと深刻な中毒患者が次々に出ていったというのです。

彼らは皆、視覚障害や言語障害、息切れなどを起こした後に深刻な全身の麻痺状態に陥り、中にはその麻痺によって呼吸が出来なくなるものも出たという。
結果、最終的には23人が発病し、そして3人が死に至りました。
しかし残念ながら、当時はその原因不明が全くわかりませんでした。

どうやら、食中毒のようだ。
そして彼らの症状から、ハムやソーセージを食べたときに時折起こるものに、非常によく似ている。
そう当時の医学では判断されました。
というのも、実は昔からハムやソーセージを食べてきたヨーロッパでは、1000年以上も昔から原因不明の食中毒事故がたびたび発生し、しかもそれが滅茶苦茶に死亡率が高いため、伝統的に恐れられてきたのです。
よって今回もその症状から、そうした一つであろうと思われたのです。

しかしゲント大学の細菌学者、エミール・ヴァン・エルメンゲム教授は、丹念にこれらを調べ上げ、人類の叡智をもってその原因をつきとめるのです。

彼はまず宴で出されたハムを調べ上げるとともに、死者の内蔵を解剖し、丁寧に調査していきました。
そして、彼らの脾臓の中とハムに、見たこともない同種の細菌がいることをついに突き止めるのです。
彼はその細菌を分離し、そして実験動物に与えてみました。
すると、どうでしょう。
なんとそれらも先の楽士ら同様、麻痺を起こして死亡していくではないですか。

エルメンゲム教授は、これによってこれまで長らくヨーロッパ各地で起こり続けてきた原因不明の食中毒がこの細菌によって起こされてきたことをついに突き止めたのです。
彼は、この細菌がしばしばハムやソーセージなどの腸詰め食品を食べることによって発生することにちなんで、ラテン語の「ソーセージ=botulus」を用いて「ソーセージ食中毒(botulism)」と名付けました。

これが、ボツリヌス菌が世に知られたはじまりでした。

ボツリヌス菌

ボツリヌスの猛毒はサリン20万倍

先のように、ボツリヌストキシン、つまりボツリヌス菌が産生するボツリヌス毒素は、この地上でもっとも強力だとされています。
そう、世界最強の毒は、実はあれほどまでに小さな微生物が作り出す毒だった。
意外なように聞こえますが、それでもやはりこの世で最も強力な毒は何かといえば、そうなるのです。

「毒殺」。
こんな物騒な言葉を聞くと、「青酸カリ」や「ヒ素」、「トリカブト」だったり、あるいはかつて20年以上も前、オウム真理教がばらまいた「サリン」なんてものを想像するかもしれません。
ですが、あんな小さな微生物が作り出す毒は、そんなものをはるかに大きく上回る毒性だったりします。

毒世界のトップランカーは、このようになっています。

作成画:毒性ランキング
高薙作成:毒性ランキング

いかがでしょうか。
これを見てもわかるように、ボツリヌス毒素の恐ろしさは群を抜いて圧勝しているのです。

例えば、ちょっと小柄な人間(体重60kg)を殺すために、先のサリンでは12mgが必要だとされています。
ちなみに猛毒として知られる青酸カリだと、174mgです。
フグ毒というのは結構毒性が高く、0.03mg、つまりはサリンの1/400程度で殺すことができます。

しかし、ボツリヌス毒素が必要な量は、これらと桁自体が、完全にバグってます。
わずか、0.00006 mg。(1億分の6g)。
たった、人を殺すのに、たったこれっぽっちしかいらない。
サリンに比べたら、実に200,000/1しかいらんのです。
いかにボツリヌス毒が強力かが判るでしょう。

ということは、計算上ボツリヌス毒素は、500g、つまりペットボトル1本ほどあれば地球上の全人類を死滅させることができます。
どんだけボツリヌス毒素のヤバさがズバ抜けてバグっているか、それを物語るかのような話じゃないですか。

これらのこともあって、ボツリヌス毒素は生物兵器、細菌兵器界のエースであり、ひっぱりだこでした。
かつて第二次世界大戦では、アメリカやイギリスでその研究がさかんに行われ、ドイツ軍上陸の際にはと大量に準備されたこともありました。

また1995年には、イラクでボツリヌス毒素の溶液が2万ℓも発見されたことがあります。
これだけあれば、人類を4万回も滅ぼすことができる量です。
さきにも軽く触れましたが、日本でも同年、かのオウム真理教が地下鉄でばらまこうとしたその極寸前までいったこともあるのです。
(実際に駅構内に置かれたものの失敗に終わり、ボツリヌスをあきらめてサリンを人間の手で電車内でばらまく手段へと変わるのですが…)

…おっと、実はこのボツリヌス菌とバイオテロの話については、調べてみるとめちゃくちゃ興味深い話も多いのですが、しかしウチは食品衛生ブログ。
これ以上すると脱線の度が過ぎてしまいますので、残念ながらこのへんで。
でも、もし機会があれば、また別にしたいと思います。

挿画:テロ対策

怖すぎる最強毒ボツリヌスの食中毒症状

おなかが痛くなる、嘔吐、下痢、発熱…。
皆さんがおよそ食中毒と言われて真っ先に考えに浮かぶ症状とは、このようなものでしょう。いわゆる、急性胃腸炎症状ですね。

ですが、最強毒、ボツリヌス毒素が引きおこすボツリヌス食中毒は、さすがのもの。これらとはちょっと一線を画すものです。
いや、それらも起きないわけではないのですが、しかしそれ以上に症状が特殊なのです。
というのも、ボツリヌス毒素は、人間に対し麻痺を与える神経疾患毒だからです。

ではその症状はどのような特徴があるのでしょうか。
ウチは医学ではなく食品衛生がメインなので、食中毒の症状などはいつもはそれほど伝えてきていませんでした。
ですが、ボツリヌス食中毒に関しては余りにヤヴァイので、特別に触れてみることにします。

皆さん、これからの話は、「出来たら」ちょっと自分に置き換えて読んでみてください…。

まず、潜伏期間は、8~36時間程度。
もう少し早い場合は2時間というのもあり、また一方で長いと8日間となるときもあるようで、そこには差があるようです。

さて、ボツリヌス食中毒になると、最初に視覚障害を起こします。これがボツリヌス症の大きな特徴です。
というのも、神経毒なので目の筋肉を麻痺させることで視界の調節異常が生じる、というのです。
ものが二重に見える(複視)。
まぶたが機能低下し、目がうまいように開かない。
ボツリヌス食中毒を疑ったら、これが危険信号です。

次にボツリヌス症で起こるのが、言語障害、発話困難です。
これは喉の麻痺によって舌がうまく働かなくなって生じる現象です。
同時に口内機能が衰え、唾液の分泌がうまく機能せず、喉が渇く、ものをうまく食べられなくなる、という症状が出るようです。

三段階目になると、結構ヤバいです。
最初はうまく力が入らない、といった状況であったのが、次第に四肢が動かなくなります。
これは脳神経の運動神経麻痺によるものです。
そのため、体の上部から、次第に下半身へと麻痺が広がります。
すると歩行困難はおろか、体の自由が奪われ、まともに動けなくなります。
こうなってくると、ゆっくりと死が近づいてきます。
動けなくるし言葉もしゃべりづらくなるので、もしかしたら助けを呼べない、ということもあるかもしれませんね。

ちょっと、ここでボツリヌス食中毒の怖さピックアップです。
ボツリヌス毒素は先からも触れているように神経毒です。
なので、発熱や感覚障害を起こすことはありません。

これはどういうことか。
なんとも素敵なことに、ボツリヌス食中毒になると意識や感覚がはっきりとあるまま、麻痺の広がりを楽しみ、死に向かうのを味わうことができる、ということです。

さて、麻痺が進むとどうなるか。
横隔膜や腹筋が思うように動かなくなります。
あ、皆さん、まだ意識や感覚はハッキリとあるんですよ!?
さて、横隔膜や腹筋が動かないと、当然ながら呼吸がままならなくなります。
そしてやがて、呼吸困難に陥り、意識がはっきりとあるまま、息ができなくなっていくのです…。

挿画:葬式

既に抗毒素療法が開発されている

おっと、怖がらせてしまってすみません。
ですが、ご安心を。

ボツリヌス中毒は、かつて血清療法が確立されていなかった時代においては致死率が30%程度と高く、非常に恐れられてきました。
しかし、現代ではすでに抗毒素療法が開発されています。
そのため、致死率はいまや4%を下回るというもの。
実際、今回の東京での食中毒でも、死者は出ていません。
というか近年、食中毒によるボツリヌス症での死者は、日本国内ではほとんどといっていいほどに出ていないのです。

それに、缶詰製造やレトルトなどの製造技術が高まり、制度としても整った近年ではそもそもよほどのことがなければ起こらないのがボツリヌス食中毒です。
また、早期に発見さえできれば、人工呼吸器によって呼吸の補助を行い、普通であれば数週間から数ヶ月程度で回復する、と言われています。

ちなみに諸外国では、毒素の高い型(A型、B型)が多く、そのぶんだけ死亡率も高くなっています。
(30~76%)
かたや日本での死亡率が低いのは、毒素が弱めな別の型(E型)がほとんどであり、抗毒素療法で治癒することができるようになったからとも言われています。
ここらへんの話は非常に面白いので、次回、ゆっくりとお話しますので、お楽しみに。

挿画:解説

ボツリヌス菌とは

さて、そんな猛毒界の王者ボツリヌス菌は、普段は土中などに生息しています。
土の中にいるときは、「芽胞」という固いバリアのような殻に身を包み、じっと静かに眠っていますので、猛毒の毒素を産生したりはしません。

なお「芽胞」というのは以前にウェルシュ菌についてで話した通り。乾燥、消毒薬、酸、そして高熱などにも耐える、頑丈な菌のシェルターです。

なので、ボツリヌス菌も芽胞形成菌であるため、なかなか高温で死滅しづらい細菌です。

一般的にボツリヌス菌を死滅させるためには、100℃で6時間が必要です。
尤も6時間加熱というのは現実的には難しいので、普通は120℃4分以上の加熱での死滅がしばしば採用されています。

またボツリヌス菌は「偏性嫌気性菌」です。
つまり、酸素を極端に嫌がります。
前回取り扱ったウェルシュ菌は同じ「偏性嫌気性菌」であるもののちょいユルユルで少しばかり酸素があっても生きれるのですが、ボツリヌスは絶対に嫌気性であるのが特徴です。
そのため、酸素のないところでしか増殖しません。
逆に言うと、酸素のないような食品のなかで増殖し、そのときにボツリヌストキシンという最強毒素を産生するのです。

そのため、とくに昔から缶詰でのボツリヌス菌対策がさかんに行われてきました。
その他、真空パック詰食品、瓶詰め、発酵食品などでの対策が必要になります。

ただしこのボツリヌス毒素事態は、それほど熱に強いわけではありません。
一般的に、80℃で30分、100℃であれば1~2分で無毒化が可能といわれています。
つまり、ボツリヌス菌自体は芽胞を形成するため熱には恐ろしく強いけれど、それが作る毒素は一般的な加熱で対応することが出来る、というわけです。

またボツリヌス菌は増殖の際に、ガスを出すため、非常にくさい臭いを出します。
そのため、開封しても臭いですぐに気づくのが一般的です。

挿画:臭い

美容に使われるようになったボツリヌス菌

このような恐ろしいボツリヌス菌ですが、女性の美への飽くなき追求心とは恐ろしいもの。
実はこのボツリヌス菌すらも美容に利用されているのです。

元々生物兵器としての軍事利用で研究がなされてきたボツリヌス菌ですが、1978年。
アメリカの眼科医であったアラン・スコットが、ボツリヌス毒素による筋肉の麻痺という特徴を医学的に利用して目の難病に対し使うことを提案。
斜視の患者にそれを投与したところ、眼瞼痙攣、顔面痙攣、頚部ディストニアなどといった筋肉の異常な緊張で発生するような疾患の治療に使えることが判明したのです。
さらにその後、これによる若返りの効果が注目され、今やボツリヌス毒素はシワ取りのためという美容目的で使われるようになっています。

有名なのが「ボトックス」という薬剤です。
これはボツリヌス毒素を使って作られる合成タンパク質です。
これを顔の目尻や額、眉間のシワなどに注射すると、ボツリヌス毒素による筋肉の弛緩効果によってシワ取りが期待できる、というもの。
よって(ぼくはこっちの世界は全くうといのですが)美容、整形の世界では、今ではかなりポピュラーな手法なのだということです。

挿画:注射

まとめ

今回は、前編、後編…というわけではないのですが二回にわたって、自然界最強毒を作り出す恐怖の食中毒菌、「ボツリヌス菌」についてのお話をさせて頂いています。
そしてこちら前編では、ボツリヌス菌の怖さと毒素の強力っぷりについて、見ていきました。

次回の後編では、日本でどのようにボツリヌス食中毒が知られるようになっていったか、についてお話したいと思います。
これもね、かなり面白いですよ!

以上、このように、このブログでは食品衛生の最新情報や知識は勿論、その世界で長年生きてきた身だから知っている業界の裏側についてもお話しています。
明日のこの国の食品衛生のために、この身が少しでも役に立てれば幸いです。

挿画

 

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