★公開日: 2022年1月25日
★最終更新日: 2022年1月25日

最新の食品業界ニュースから気になった話題を定期的にピックアップし、食品衛生管理のプロの目線からコメントさせていただきます。
今回は、食品衛生法の改正によって起こりつつある、ちょっとした変化についてお話いたします。
なんでも、食品衛生法改正によって今、「たくあん」や「いぶりがっこ」といった農家の産業が危機に立たされている、というのです。
これは一体どういうことなんでしょうか。

本日の時事食品ニュース

改めまして、皆様こんにちは。
食品衛生コンサルタントの高薙です。
ここだけしか聞くことの出来ない神髄中の神髄、
「プロが本気で教える衛生管理」を、毎日皆様にお教えしています。

挿画:漬物

 

日本の美しい漬物文化が、改正食衛法という悪法の犠牲に!?

「食品業界ニュースピックアップ」。
様々な食品衛生関連のニュースを取り上げ、専門家としての解説を加えていく、こちら。
本日のお題は、今日1月24日のニュースから見つけた、ちょっと興味深いネタについて触れていきましょう。

というのも、昨年2021年6月に施工された改正食品衛生法によって、農家の漬物製造業が全国的にピンチに陥っている、というのです。

三浦特産の浅漬けたくあんを手掛ける農家が岐路に立たされている。
食中毒を防ぐための改正食品衛生法の施行で、加工する際の衛生管理基準が厳しくなり、多額の改修費用がのしかかる。猶予期間は設けられているものの、廃業を選択肢に置く農家も。
神奈川を代表する農林水産物や加工品の「かながわブランド」にも登録されている「地域の味」はどうなるのか。

しかもこのことは、何も神奈川県に限ったことではありません。
秋田県の名物、「いぶりがっこ」も同様の危機にさらされている、とも言われています。
というか寧ろ、こちらの「いぶりがっこ」のほうが危機にあるとも言われているようです。

いぶした大根を漬けた秋田名産「いぶりがっこ」が、ピンチに陥っている。
きっかけは昨年6月に施行された、漬物販売に保健所の許可が必要になる改正食品衛生法。秋田では農作業小屋や台所で製造する農家が多く、許可を得るには作業場などを改修しなければならないためだ。
「漬物作りをやめる人が増えるのでは」と生産農家らに動揺が広がっている。

挿画:いぶりがっこ

はい。
皆さん、これを読んでどう感じましたか?

人間面白いもので、こう報道「だけ」を読んでみると、なんだか改正食品衛生法が悪法みたいにすら見えてきますよねー。
でも、果たして本当にそうなんでしょうか。

まあ、これを書いている記者なんて、まともに食品衛生法なんて向かい合ったことすらもない食品衛生のド素人でしょうし、それにそもそもある一定の誰かを「けしからん」と叩いたほうがぱっと見キャッチーで、ニュース記事としての価値もそりゃあ高まりますからね。
そういう俗情のバイアスに引っ張られてこういう書き方をついしたがる、ついしてしまう、という立場にあるってことだけは、そりゃ全くカケラも判らないとまでは言いません。

でもさー。
これどうなの?って、食品衛生に生きるぼくとしては、正直思いますけどね。
「食の安全に対する責任として、せめて最低限のことはやろうよ」ということに対して、「悪法によって消えていく地方文化の美しさ」へと、根本的な部分でめちゃくちゃ意図的に話をすり替えていませんかね、これ。
えー、そんな話だっけ、これって?

んじゃ、今回はちょっとそこらへんをもう少し深堀りしていくとしましょう。

挿画:ポイント

食品衛生法改正と営業許可制度の見直し

おっと、その前に「そもそも改正食品衛生法って何よ?」という方もいるかもしれませんね。
そこで、ごく簡単にそこから解説していくとしましょう。

今から2年前、2018年の6月に、改正食品衛生法が公布されました。
言うまでもなく、「食品衛生法」というのは、世の食品衛生における基本法のような、非常に重要な法律です。

これによって、大きく次の7つのことが改正されることになりました。
はい、これ基本的な話です。

食品衛生法改正の概要
  • 広域的な食中毒事案への対策強化
  • HACCPに沿った衛生管理の精度化
  • 特別の注意を必要とする成分等を含む健康被害情報
  • 国際整合的な食品用器具、容器包装の衛生規制の整備
  • 営業許可制度の見直し、営業届出制度の創設
  • 食品リコール情報の報告制度の創設
  • 輸入食品の安全性確保・食品輸出事務の法定化

まあ、お役人の言っていることがよく分からないのはいつものことなのですが。
これらのうち、5つ目。
営業許可制度の見直し、営業届出制度の創設ってのが、今回ここに関わってくるものです。
とくにそのうち、営業許可制度の見直しというものに、今回は注目していきましょう。

どういうことかというと。
実は、なにか食品を製造したり販売したりするためには、行政がそれらを把握し、また最低限のレベルの衛生管理を行っていることを示すための、なにがしかの申請がこれまでも必要でした。

で、その場合、「営業許可」というのと、「営業報告」というのがこれまではありました。
このうち、「営業報告」というのは特に何の制限もありませんでした。
「報告」ですから、農家などが野菜や果物など「こういうものを売っているよ」と「報告」すればよかった。

一方、「営業許可」は違います。
行政による「許可」が必要なのですから、それを「許可」してもらうには、ある一定の基準や条件を満たす必要があります。

例えば、街の中華屋さんでもラーメン屋さんでも寿司屋さんでもなんでもいいのですが、「飲食店」という業態を行うためには、ある一定の基準を満たすことによって行政から「営業許可」をもらわなければ、その「飲食店」の営業が出来ません。

ちなみに全く関係ないのですが、これを書いている2022年1月24日、ついさっきまでぼくは晩ごはんがてらにビールを片手にTVをつけて、サンドウィッチマンの「バスサンド 帰れマンデー見っけ隊!!」を見ていたのですけど。
出演者が徒歩で進むなか、その途中でやっとこさ見つけた移動車で販売されるコーヒーを飲んだりしながらも、しかしそれらは飲食店としてカウントされずに、また徒歩での旅を強いられている光景が報じられていたんですね。
うちの嫁さんなどは、「え、これダメなの?」となっていましたが、これらは確かに「飲食店」ではないのです。
要するに、これらは教育された食品衛生責任者を置き、また食品衛生法施行条例に基づいた検査を受け、「飲食店」としての基準を満たしていないため「飲食店営業許可」をもらっていない、というわけです。

さて。
今回、話題として挙げられているものが「漬物製造業」です。
これは改正前までは、「営業報告」扱いでした。
しかし、この改正によって正式に「営業許可」が必要になったのです。

挿画:食品衛生法改正

どうして漬物が営業許可対象になったのか

では、どうして漬物製造業が「営業許可対象」となったのか。
このきっかけになったのは、2012年の北海道で発生した、浅漬による食中毒事件です。

なんだかもう遠い話のようにすら思えますが、2021年、北海道は札幌市にて、岩井食品が製造した浅漬(「白菜きりづけ」)で、腸管出血性大腸菌O157による大規模な集団食中毒が発生しました。

この結果、患者数なんと169名、しかも8名の死者をも起こしてしまったのです。
さらにはこの浅漬は札幌という観光地のスーパーやホテル、飲食店などでも置かれていたため、道内のみならずかなりの広い広域にまで事件が広まってしまいました。

この事件を受けて、厚生労働省は「漬物の衛生規範」の改正などを行ったのですが、今回の食品衛生法の改正にともなって、漬物製造業が許可対象となった、というわけです。

ちなみにこの改正食品衛生法自体は2018年に法律として公布自体は、されはしましたが、しかし実際にその施行、つまり法律自体が実際に世の中で運用されるまでには数年の猶予期間、つまりは準備期間が備えられています。
そしてこの「営業許可制度の見直し」については、2024年5月31日、つまりはあと約2年が残されています。
なので、それまでにあと2年の間に、漬物製造業を含む「営業許可対象」は然るべく対応しなさいよ、と言われているわけです。

挿画:漬物

漬物製造業が営業許可のために必要な基準とは

さて、ここまでを軽くまとめると。
地方での農家などが今行っている自家製の漬物の製造販売、つまりは「漬物製造業」というのは、この2018年の食品衛生法の改正によって、「営業許可対象」となった。
だからその改正食衛法の施行、つまりは約2年後の2024年5月31日までに、そうした各農家たちは各々、その改正食衛法に則って基準を満たし、新設された「営業許可」を取る必要がある。
と、ここまでは判りましたね。

で。
これらのニュースは、(農家の言い分は全く知りませんがこれを書いている記者が言うには)その営業許可を得るのがしんどくて(カッコ付きの)「地方の守るべき美しい食文化としての漬物」が今、危機に瀕している、と書いているわけです。

では、その許可基準とは、どんなものなのでしょうか。

実はその許可基準は、大きく2つが必要になります。
それは、飲食店なども含んだ「最低限これは守れよ」という、すべての業種共通な、共通施設基準
そして、もう一つ。
漬物製造業など、各業種ごとに定められているその業種に特有な、特有施設基準、です。

「漬物製造業」が営業許可を得るにあたって食品衛生法上、果たすべき基準
  • 共通施設基準:全業種に共通して、必要な基準
  • 特有施設基準:ある業種に対し、必要な基準

ではこれらは一体どんなものなのでしょうか。

まずは、街中のおばちゃんおっちゃんがやっているような中華定食屋への飲食業の営業許可にも適用される、共通施設基準を見てみましょう。
全部追うと大変なので、ポイントだけ見てみましょう。

共通施設基準のポイント
  • 施設は、居住区と分けられており、不潔な場所に設置していない(自宅での営業をする場合は壁などでの区画が必須)
  • 施設には適切な洗浄ができる洗浄施設がある
  • 施設は、適切に排水・換気が出来る
  • 施設(床・内壁・天井)は清掃がしやすい構造である(床や壁は水が染み込まない不浸透性素材を使用)
  • 施設はネズミや虫の侵入を防止出来る。適切な駆除が出来る
  • 施設内の照明は適切である(300~500Lx)
  • 給水設備とは別に、手洗い施設が必要である(手洗い用の設備とシンクは別になっており、手洗い設備の蛇口は自動式あるいはレバー式)
  • 洗剤・薬品と食材は別に保管する
  • 必要に応じた冷蔵・冷凍庫があり、温度計によって温度管理ができる
  • 清掃用具とその保管場所、および清掃マニュアルの完備
  • トイレは作業場に汚染の影響を与えない構造であり、またなかには専用の水流式の手洗いが設置されている

かなりずらずらーっと並んでいますね。
とはいえ、内容的に見るのであれば、別段当たり前と思えるものばかり。
食品を製品として作り、お客さんに売るのであれば、せめてこのくらいはやりましょうよ、これらは皆、そういう内容ばかりです。
はっきりいって、一般の食品工場はこんなものではないですからね。

ですからこれにケチをつけるのは、さすがにないでしょう。だって、そこいらの立ち食いそば屋さんだって、これやらんと許可降りません。
そこはやろうよ、せめて。

漬物製造業、特有の施設基準とは

となると、やはりこちらでしょう。
「漬物製造業」としての営業許可を得るためには、その業界固有の施設基準がここで新たに定められました。
で、これを満たさないと、少なくとも今後、漬物の商品を出せなくなります。

では、その基準はどうなっているのか。
まずはその法律を引用します。

二十七 令第三十五条第二十九号の漬物製造業
イ 原材料の保管及び前処理並びに製品の製造、包装及び保管をする室又は場所を有すること。なお、室を場所とする場合にあつては、作業区分に応じて区画されていること。
ロ 原材料の前処理及び製品の製造をする室又は場所は、必要に応じて洗浄、漬け込み、殺菌等をする設備を有すること。
ハ 浅漬けを製造する場合にあつては、製品が摂氏十度以下となるよう管理することができる機能を備える冷蔵設備を有すること。

…とまあ、こんな感じです。
が、例によって何を言っているのやら、ですよね。
ですから、この法律を、現実の製造現場に落とし込んであげることが必要です。

そこで、漬物製造業が特有すべき、施設基準を以下、ざっくとまとめてみます。
まあ、これらを満たすとするなら、次のようなことが必要になります。

漬物製造業の営業許可に必要な施設基準
  • 原料、および製品専用の冷蔵庫
  • 製品の加工・製造・包装の各工程エリア
  • 原材料の洗浄・浸漬殺菌設備
  • 浅漬の場合、10℃以下を維持出来る施設

つまり、まず施設として製品や原材料を区別して温度管理できる冷蔵庫。
それから、製造室としてのエリアの確保。
シンクや殺菌タンクなどの設備。

これらは果たして無茶振りなのだろうか。
ぼくは正直、そうは思いません。
食品衛生のプロであるぼくが見て、普通に「そりゃこの程度は必要だよね」って感じです。
原材料を適切な温度で保管して、適切な設備で洗浄・殺菌し、清潔な空間で加工し、製品を適切な温度で保管して出荷する。ごく当たり前の話です。

挿画:漬物

漬物危機は「甘え」なのか

と、ここまでようやく理解した上で、やっと今回のニュースに戻れます。

ここで挙げた「三浦たくあん」なり「いぶりがっこ」なりが窮地だ、とニュースでは言っているようです。

んじゃ、日本の全国各地の漬物が、みんな揃って窮地なのか。
違います。
それらはもう既に、とっくに、自治体の条例などで届け出制度を進めてきたのです。
例えば、京都や奈良などでは、条例による独自の許可制度や指導を進めていた。
だからそうした許可制度についても、スムーズに移行することが出来ている。
秋田県がやってなかったに過ぎません。
ちなみに同じ東北でも、おとなりの宮城県では「つけもの加工業」という、食品衛生取締条例にもとづいた自治体独自の登録がありましたので、県内の農家さんはそれにもとづいて営業許可申請をすればいい。
もう一度言いますが、秋田県が、やっていなかったのです。

要するに、これまで何もしてこなかった秋田県だの神奈川県だのの自治体で、今になって「聞いてないよ」と言っているわけです。
特に秋田では、農家4割が「続けられない」と深刻だ、と言っている。
いや、そんなに深刻なんだったら、もっと早く対応すべきだっただろ、「聞いていない」じゃないよ、行政指導はこれまで何していたんだ、としかこれ、思えなくないですか?

【秋田名産「いぶりがっこ」ピンチ、農家4割「続けられない」…作業場改修に100万円】

(略)
改正法では、漬物製造者は水道設備を手洗い用と製造用に分けたり、住居と作業場を切り離したりするなどして、保健所の営業許可を得なければならない。
女性の農作業小屋の改修見積もりは約100万円。「大金を掛けてまで続けられない」と嘆く。
(略)
いぶりがっこの一大産地の横手市では、漬物生産者の平均年齢が70歳を超え、そのほとんどに後継者がいない。市いぶりがっこ活性化協議会の佐藤健一会長(65)は「この機に引退を考える農家は多い。担い手不足が一気に加速する」と危機感をあらわにする。
県が昨年7~9月、県内の漬物生産者約300人に実施した意向調査では「漬物作りを継続できない」との声が約4割に上った。

上にも解説したように、秋田の田舎町(失礼!)でおばちゃんが定食屋をやるにしたって、営業許可が必要です。
そしてその営業許可には、いずれにしたって「共通施設基準」を満たす必要があります。
定食屋でやってて、その近所の農家のいぶりがっこが難しい、てのはどうなん?とぼくなら思いますけどね。
しかもそれらは、僕から見れば基本的な項目ばかり。逆に、今までどうしてたか、聞くのが怖いくらいです。

回収見積もり100万円って、そりゃ何から何まで工務店任せに投げっぱなしにしたらそうなるでしょう。
でもそんなのは、工夫次第である程度は押さえることだって可能なはずです。

「自宅だから全部ダメ」とかではなく、んじゃそのエリアをどう設けていくか、それで話は大きく変わってくるものです。
事実、ぼくは去年、昔から自宅を加工場としてなんとHACCP認証を取得した街の古い飴工場のお客さん(東京下町なのでほんとに小さい町工場ですよ)や、改正食衛法のHACCP対応を完全に果たしたおじいちゃんがやっている豆腐屋さんなどを知っていますよ。
当然ですが、彼らは予算に100万円なんか全くかけていません。ぼくのアドバイスと、工夫、ちょっとしたホームセンターの道具でそれらを見事になし得ています。
彼らがこのニュースを見たら、きっと笑われると思いますよ?

上っ面の「けしからん」俗情動員ゲームで書いている(まあそうなんでしょうけど)んじゃなくて、本当に「地域の美しい味や文化を守りたい」というのであれば、自治体で共同の製造施設を共有するなど、いくらでもやりようはあるはずですよ。
それにくどいようですが、「秋田県が何もやっていなかった」、ですからね。

まとめ

今回は「漬物製造業」と改正食衛法についてお話いたしました。

本日の時事食品ニュース

まあ、ニュースとしてはかなり微妙でしたが、でも漬物製造業などの改正食衛法における営業許可などについて触れるにはいいチャンスですね。

以上、このように、このブログでは食品衛生の最新情報や知識は勿論、その世界で長年生きてきた身だから知っている業界の裏側についてもお話しています。
明日のこの国の食品衛生のために、この身が少しでも役に立てれば幸いです。

挿画

 

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