★公開日: 2022年1月22日
★最終更新日: 2022年1月23日

最新の食品業界ニュースから気になった話題を定期的にピックアップし、食品衛生管理のプロの目線からコメントさせていただきます。
今回は、長野県で発生した幼稚園でのウェルシュ菌の集団食中毒について、お話したいと思います。

これ、少しばかり食品衛生をかじった人なら、ん?と思うかもしれませんね。
そう、この食中毒事件のポイントは、ここなのです。

「どうして酸素を嫌うウェルシュ菌の食中毒が、煮物や汁物やカレーなどの鍋物ではなく、炒めもので発生したのか」

これ、皆さんは、どうお考えですか?
今回はここに少しばかり注目して、お話したいと思います。

本日の時事食品ニュース

改めまして、皆様こんにちは。
食品衛生コンサルタントの高薙です。
ここだけしか聞くことの出来ない神髄中の神髄、
「プロが本気で教える衛生管理」を、毎日皆様にお伝えしています。

挿画:WHY?

 

長野県でウェルシュ菌の集団食中毒が発生

「食品業界ニュースピックアップ」。
日々の様々な食品衛生関連のニュースを取り上げ、専門家としての解説を加えていくこちら。
今日のお題は長野市で発生したウェルシュ菌の集団食中毒についてお話したいと思います。

…と言っておいてアレなんですけど、ごめんなさい。
ほんとはこれ、去年の暮れに扱おうと思っていたんですね。ですが、年末の多忙さのなかつい更新が停滞してしまい、扱いそこねてしまいました。
そんなわけで、年をまたいでのお話となります。すみません…。

挿画:分析

というわけで、改めまして。
昨年末の話ですが、こんなニュースが入っていました。

見てみれば、12月という冬の突入時に、集団食中毒の発生です。
しかも三桁超えなので、規模としてはそこそこに大きなもの。
報道から見るに、どうやら給食業者があつかった食品にウェルシュ菌の食中毒汚染が生じた。
それが広く拡散してこの規模に至った、との話らしい。

長野市は10日、市内などの7幼稚園で今月1日に提供された給食を食べた10歳未満~60歳代の園児や職員計149人が腹痛や下痢の症状を訴え、うち7人の便から食中毒の原因となる「ウエルシュ菌」が検出されたと発表した。
(略)
発表によると、149人のうち園児は123人。1日に提供された給食のうち、「鶏と野菜のコンソメ炒め」が原因とみられるという。

いやはや、この真冬のシーズンオフに、ウェルシュ菌による100人超えの食中毒の発生ですよ。
冬の集団食中毒といえば、その主役は一般的にはノロウイルスですよね。
この間もその話をしました。
(しかも別に扱うかもしれませんが、このところノロウイルスの集団食中毒が年をあけてたて続きに発生していますしね…)

しかしそれが、今回の対象はウェルシュ菌であるということ。
なお、ウェルシュ菌の食中毒の細かい基本的なお話については、以前に詳しく解説しているので、今回はやめておきます。
よってその詳細については、ぜひとも以下リンクからそちらをどうぞ、お読みください。

参照:ウェルシュ菌
ウェルシュ菌:厚生労働省より

年間を通じて地味に起こるウェルシュ菌の集団食中毒

にしても、初冬の12月に、大規模なウェルシュ菌食中毒の発生だという話です。
果たして、これは珍しいことなののでしょうか。
実際、皆さんのイメージ的にも、なんとなくですが食中毒といえば夏のもの、という実感があるかと思います。
しかし。
真冬でも食中毒は発生するのです。

勿論それはよく言われるようなノロウイルスの類ではありません。
あまり知られていないことなのですが、しかし。
今回のこの事件のように、「ウェルシュ菌の食中毒は、通年的に、冬でも起きる」のです。

でもこれ、マジでほんと知られていません。
何故か。当然ながら幾つか理由が、考えられます。

第一に、ウェルシュ菌の食中毒というのは、年間件数が少ないこと。
つまり分母が小さい、ということ。
分母が少ないので、夏場の発生数と冬場の発生数に変わりがそうない、というわけです。

第二に、患者数が多いわりに軽症化なので、問題になりづらく、なっても地方紙レベルでしか報じられないから誰も知らない、ということ。

第三に、よってウェルシュ菌自体が食中毒菌としてはマイナーな存在であること、などかと思います。
(カンピロバクターやサルモネラ、O157あたりの一発どっかーんな派手系食中毒菌とはそこらへんが違いますよね)

ですが、実は夏場と冬場でそんな発生件数自体はさほど変わらないのが、このウェルシュ菌食中毒だったりします。

例えば、昨年の真冬2月には、埼玉県内で700人越えの大規模な学校給食によるウェルシュ菌の集団食中毒が発生しています。
でももうこれ、覚えている人もそんないないんじゃないかな。

ちなみに、近々ではどうか。
余り報じられていないんですが、実はウェルシュ菌食中毒は晩秋からこの初冬にかけても、ちょいちょいそこそこの規模のを起こしているんですよ。

例えば、10月には三重県鳥羽市で、小学生の修学旅行生他67人が、ホテルにてウェルシュ菌の集団食中毒となりました。

そんな数日後には、間髪あけずに福井県越前市の中学校の給食で、43人がウェルシュ菌食中毒を起こしています。

さらには翌11月5日、青森県青森市の高校の寮内にて、131人の食中毒が発生。

とまあ、このように季節にあまり関係なく、ぽろっぽろっと大型の集団食中毒を起こしては地味に話題になって、また地味に消えていくのが、このウェルシュ菌食中毒だったりするのです。

ホントは厄介なウェルシュ菌による集団食中毒

と、そんなウェルシュ菌ですが。
このウェルシュ菌による食中毒は、別名「給食病」なんて呼ばれたりもします。
そのくらい、給食での集団食中毒が多いのです。

何故か。
細かいことは上のリンクに書いていますが、まず前提的な話として、そもそもウェルシュ菌は自然界のどこにもでいる土壌菌なので、それ自体を持ち込ませないことが難しい。

そして何よりも、ウェルシュ菌は「偏性嫌気性」です。
偏性嫌気性菌というのは、要するに酸素を嫌い、酸素のないところで増殖する菌のことです。
例えばスープやカレー、煮物などの中の、酸素のないところがそれにあたります。

そしてこれに加え、ウェルシュ菌は芽胞」というバリアのようなものを作ることのできる、いわゆる「芽胞形成菌」なので、恐ろしく高熱に強いです。
何せ、100度で1~6時間の加熱にすら耐えるほどです
ですから普通の調理ではまずもって死滅出来ません。
つまり、大腸菌やカンピロバクターのように、食品を加熱すれば問題ない、という細菌ではない、ということです。

しかも繁殖温度帯が高く、その繁殖のスピードもかなり速い。
こうして多量にウェルシュ菌が育成され、エンテロトキシンという毒素を形成され、それを食べることで食中毒へとつながっていくわけです。

これらをまとめると、いかに以下のようにウェルシュ菌が厄介だか、よくわかることでしょう。

ウェルシュ菌が厄介さんな三つの理由
  • 酸素がない煮物やカレーなどの料理中で増殖する(偏性嫌気性菌)
  • 高温にとてつもなく強く、普通の調理法では死なない(芽胞形成菌)
  • 増殖温度帯が高く、また増殖速度(世代時間)も短い

「鶏と野菜のコンソメ炒め」でウェルシュ菌の食中毒に!?

さあ、ウェルシュ菌の基本的な厄介スペックは、これらからも伝わったでしょうか。
以上のような厄介な特徴があるため、ウェルシュ菌というのは大量製造したカレーやシチューなどの酸素のない汁ものの中でも、たとえ煮込まれて加熱されても芽胞のなかで生き残り、そしてその食品内にエンテロトキシンという毒素を産生させ、それを食べたひとに食中毒を、それも大量にこれまでひき起こしてしまっていたのです。

しかも、です。
そんなウェルシュ菌による今回の集団食中毒の発生要因が、どうやら「鶏と野菜のコンソメ炒め」であるというではないですか。
これ、ちょっと、あれ?ってなりませんか?

もう一回言いますよ。
いいですか、原因食品が「鶏と野菜のコンソメ炒め」、ですよ。
つまりは、いわゆる「炒めもの」なんですよ。
ここがちょっと、今回の食中毒のちょっと興味深いところだったりするんです。

というのも、これまでの通り、ウェルシュ菌というのは「偏性嫌気性」です。
そしてこの「偏性嫌気性」っていうのは、酸素のあるところ、つまり一般的な空気中では増殖が出来ない細菌のことです。
まあ、酸素があるからといって、別に死ぬことはありません。
でも、一般的には「偏性嫌気性」というものは空気中では、増えません。増殖しないんです。
ということは、毒素を出さないし、食中毒にならない。

だから、ウェルシュ菌の食中毒は、しばしば給食のカレーなんかで発生します。
当然ながら、たっぷりと時間をかけてぐつぐつと煮込まれたカレーやシチューなどの汁の中には酸素はほとんどなくなっているからです。
だからこうした食材が原料食品だというなら、まあ、話としてはわからないでもない。
でも今回の原因食品は、そうではない。
「鶏と野菜のコンソメ炒め」だというえではないか。

これは一体どういうことなのでしょうか。

挿画:×酸素

炒めものでもウェルシュ菌食中毒が発生する理由

実は、ウェルシュ菌による集団食中毒事件は、今回以外でも時折「炒めもの」の料理から生じていたりするのです。
例えば、2014年。
きしくもこれも初冬、7年前の12月に起こった事件ですが、沖縄県のとあるホテルにて、152人ものウェルシュ菌による集団食中毒事件が発生しました。

このとき、原因食品として当日ホテル内で提供されていた食品類が、当然ながら疑われました。
チキンのトマトソース、ポタージュスープ、キーマカレー、グラタン…。
いずれも調理過程内で酸素が食品内になくなりがちなものです。
こうした一般的なウェルシュ菌が増殖しそうな食品類のなかから、しかし。
最終的に「こいつだ!」と検出された、意外な食品。
それが「牛肉のオイスターソース炒め」だったのです。

挿画:炒めもの

…って、えええーっ!?
スープやらグラタンやらといったいかにも食品内に酸素がなくなりそうな食品ではなく、「ソース炒め」なのかよ!?
そんなん普通はフライパンで牛肉を、何なら野菜とかと一緒に、オイスターソース絡めて炒めるだけやん!?
ホテルとかなら、なんだ中華鍋とかで、じゃっじゃと豪快に振られて炒められてそうなやつやん!?
そんときどうやったって酸素に、空気に混ざり鋳込むんじゃないの!?

さて、これは一体どうしてなのでしょうか。

ウェルシュ菌というのは、確かに「偏性嫌気性」、つまりは酸素を嫌い、酸素内では増殖をしない細菌として分類されています。
ですが実際には、だからといって空気が存在したら絶対に増殖できない、というわけではないのです。
というのもこれまたウェルシュ菌の厄介なところなんですが、こいつらはそんな「偏性嫌気性」のなかでも比較的そこらへんがユルユルっというか、要は低濃度くらいの酸素があっても割と増殖が可能な細菌だったりもするんです。

それと、もう一つ。
一重に「炒めもの」と言っても色々あります。
例えば、八宝菜のようなあんかけのとろみを帯びた料理の場合、カレーなどと同様にその汁の中には酸素は存在しづらくなるため、格好のウェルシュ菌の増殖条件が生じてしまいかねません。

そりゃ勿論、今回のこの「鶏と野菜のコンソメ炒め」なるものが一体どんなものかはぼくにはよくわかりません。
ですが、しかし例えば鶏と野菜を炒めたものにコンソメ味のあんをからめる、みたいな料理であった場合、十分に「偏性嫌気性菌」としてのウェルシュ菌の毒素産生条件を果たしてしまいかねません。
実際、こうしたとろみのあるあんものでのウェルシュ菌の食中毒事例は、時に見かけることがあります。

挿画:解説

広範囲の温度域で迅速に増殖するウェルシュ菌

またウェルシュ菌は20℃~50℃と、その増殖温度域が広いのも、こうした厄介さを押し高めている要因です。

つまり加熱調理をし終えた食品は次第に冷めて温度を下げていくわけですが、ウェルシュ菌の場合はほかの食中毒菌に比べて50℃というかなり高い温度域からすでに増殖可能な域をむかえる、ということを意味します。

だから、高温に強く耐えることの出来るウェルシュ菌は、加熱調理の段階では芽胞の中でそれを耐えてすごします。
そして50℃を切ると、芽胞から増殖に向かいます。
そしてこのときに毒素であるエンテロトキシンを作る。これを人間が食べると食中毒になります。
しかもそれは20℃を切るまで、継続するという。
さらに言うなら、ウェルシュ菌は増殖速度も実は速いのです。

つまりこれは、「迅速に、適切に、冷却しないとウェルシュ金による食中毒リスクを抑えられない」ということです。
つまりはウェルシュ菌対策というのは、いかにして加熱以降の冷却の時間を短縮化させ、増殖による毒素産生をさせないようにするか、がキモであるということです。

ちなみに今回のお話も、どうやら「搬送時」の冷却管理をしくじった、と報じられています。
そのため、搬送社内でウェルシュ菌の増殖と毒素産生が生じてしまった、と一応報道では語られています。

まとめ

今回は、昨年末に長野で生じた幼稚園でのウェルシュ菌による集団食中毒について、お話いたしました。
とくにその原因食品が炒めものだというのも、ちょっと興味深いところでもありました。

改めて、ウェルシュ菌の厄介であるポイントを書き記しておきます。
この三点は、ウェルシュ菌食中毒のポイントとして、覚えておくといいでしょう。

ウェルシュ菌が厄介さんな三つの理由
  • 酸素がない煮物やカレーなどの料理中で増殖する(偏性嫌気性菌)
  • 高温にとてつもなく強く、普通の調理法では死なない(芽胞形成菌)
  • 増殖温度帯が高く、また増殖速度(世代時間)も短い

にしても、です。
実は今回このようにウェルシュ菌食中毒を起こしてしまった給食を作った工場は、「デリクックちくま第一工場」であるとのこと。
つまり、この弁当惣菜工場はこの地域の小中学校に給食を作って提供していたセントラルキッチン的な役目を果たしていた工場だった。
実際に見てみると、結構規模が大きい。
街中のおじちゃんおばちゃん工場では、ちょっとない。
しかもしっかりと、ISO22000を取得しているんですよ。

つまり、それなりの規模でしっかりとHACCPをシステム構築しているはずの工場で製造したものだったはずです。
にも関わらず、問題を起こしてしまった。
(報道に基づくとするなら)、つまり恐らくは加熱から冷却までの段階での管理はしっかり行ってにもかかわらず、その後の物流における温度管理の段階でヘマをこいてしまった。
結果、大規模にセントラルキッチンとして機能していたがゆえに、食中毒の被害が広まってしまった、というのが今回の食中毒事件であるわけです。
これは、食品衛生に携わるものであれば、ううむ、と考えさせられう事例ではないでしょうか。

以上、このように、このブログでは食品衛生の最新情報や知識は勿論、その世界で長年生きてきた身だから知っている業界の裏側についてもお話しています。
明日のこの国の食品衛生のために、この身が少しでも役に立てれば幸いです。

挿画:

 

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